上を向いて歩こう。

2004年11月19日
兄の一家はいわゆる“音楽一家”である。
兄はチェロ、義姉と甥はバイオリンで一家揃って地元の青少年オーケストラの
メンバーだったこともある。
甥に至っては中学、高校で吹奏楽部(ユーフォニウムなど)だったが、
大学では交響楽団で再びバイオリンを手にし、
卒業してからは音楽の教員免許を取るために別の大学に入り直した。
私の自宅から徒歩10分の兄の家には、楽器を手にした人形がやたら多い。

義姉が入院後、しばらくして病院へ見舞いに行った或る日のこと。
義姉の昔からの友人が甥のバイオリンを持って来た。
「看護婦さんも聞きたいって言ってるよ」
というわけで、夕方の個室病棟にはバイオリンの音が響くことに。
何だったか忘れたが、チャップリンの映画(街の灯?)で使われていた曲や
坂本九の『上を向いて歩こう』など4、5曲を甥は暗譜でどうにか演奏した。
そのとき、義姉はすでに酸素吸入が外せない状態だったが
嬉しそうに小さく拍手していた。
兄によれば、家族の前でこうやって演奏したのは初めてらしい。
家では練習しかしていないから。

15日夕方に見舞いに行くと、義姉は気持ち良さそうに寝ていた。
「今日ずっとこんなんやねん」と甥。
兄も安心して次に控える仕事の打ち合わせに行ったという。
ところが。

16日の午前2時前、眠っているとバタバタと叔母が自宅にやって来た。
「起きて、Kちゃん(義姉)がさっき亡くなったんやて。病院行こ」
叔父の車で病院へ急いだ。
バイオリンを弾いている可愛い男の子の人形を枕元に、
義姉が冷たくなって横たわっていた。

その日は自宅で仮通夜。
17日式場で通夜、そして昨日18日告別式。
義姉を見守っていた人形も棺に入れられた。

義姉は私とひとまわり違いで、来月で銀婚式を迎える予定だった。
線香の番をするのにTVを点けて一晩中起きていた(居眠りもした)が、
こんな状況だからか、原由子が出ているJAL“銀婚旅行”のCMが
妙に多く流れていたように思えて仕方が無い。

甥が病院で演奏したとき、「ここで音出してもええんかいな?」と思ったが、
今から思えば義姉の意識があるうちに聞かせてあげられて良かった。

幸せは空の上に
幸せは雲の上に
上を向いて歩こう
涙がこぼれないように・・・

聞けば涙が出てくるような曲が、またひとつ増えてしまった。



さ、明日から現場復帰だ。

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